【身近な例あり】「マーケティング・マイオピア」を思い出そう

5ミリ程度のドリル刃を生産するメーカーはドリル刃が顧客のニーズだと思っているかもしれない。だが、顧客の本当のニーズは5ミリ程度のである」(参考:丸善出版『マーケティング原理』)


人生でもビジネスでも、つらい時、しんどい時ーーー。どうしてもありますよね?そんな時、何を想いますか?どのような考え方を持つでしょう?おすすめしたい1つの結論は「マーケティング・マイオピア」を思い出せ!です。これはいったいどういうことでしょうか?

しんどい時に「マーケティング・マイオピア」を思い出すべき理由

そもそも「マーケティング・マイオピア」とは?

マーケティング・マイオピア(マーケティング近視眼)」は、1960年にハーバード大学セオドア・レビット教授が提唱したものであり、マーケティングを学ぶ中で最も重要かつ著名な用語の1つです。


この意味合いについては次のように述べられています。

産業や製品、あるいは技術ノウハウについて狭く定義してしまったがために、それらを十分花咲かせないままに衰退させてしまう。
(中略)
産業活動とは、製品を生産するプロセスではなく、顧客を満足させるプロセスであることを、すべてのビジネスマンは理解しなければならない。
(中略)
顧客ニーズを明らかにして顧客を満足させるには、何をいかに提供すべきかと逆に進むべきである。

Harvard Business Review, July-August 1960



冒頭に挙げた「”ドリル” と “穴”」の例のように、企業は自らが提供する製品(もしくは事業)について、「近視眼的に(狭い視野で)」その価値を捉えるではなく、その製品が生み出す顧客の利益や経験、またそもそも顧客が何に困っているのか、何を求めているのかという点に目を向ける必要がある、と主張するものです。


なぜか?


製品は、顧客の抱える問題を解決するための「道具
(手段)」に過ぎないからです。


「”ドリル” と “穴”」の例で言えば
、次のような図に示すことができるでしょう。




さらに、この「”ドリル” と “穴”」の例は、次のように展開されるかもしれません。


「求めるものは、本当にドリルなのか?それは “近視眼的” ではないか?」という捉え方です。


・ドリルが欲しい→

・(ドリルによって開けられる)穴が欲しい→

・穴は、洗濯物を乾かすための竿をネジで固定するために欲しい→

・本当は、洗濯物を乾かす場所が欲しかった!→

・であれば、いまベランダに置いてある植物の鉢を玄関に置けば良い→

・玄関整理グッズを買おう



このように、まったく異なる結論・ニーズ・購買行動につながる可能性があるわけです。


この場合は以下のような図で示すことができるでしょう。




筆者はこの「マーケティング・マイオピア」について学んだ時に、目から鱗が落ちる思いでした。


いま直面している問題や仕事について、その目的を常に意識することで、解決策は複数あることにも気づくはずです。


解決策は手段であり目的ではなく、これにこだわり過ぎると本質を見落としてしまう恐れがあります。




あのトヨタも同じことを言っている?

トヨタ流「5回のなぜ」

実は、この「マーケティング・マイオピア」に通じる考え方、取り組みを世界のトヨタ自動車では古くから提唱されています。


それは「なぜなぜ分析(5回のなぜ)」です。


トヨタ流の「なぜなぜ分析」では、何か問題が発生した場合、「なぜ?」を5回繰り返します。


そのことで、本質的な原因(真因)が突き止められるとされています。


「トヨタ生産方式」の著者である有名な大野耐一氏は、「機械が止まった場合」を想定し、次のような例を挙げています。

① なぜ機械が止まったのか?(1回目のなぜ)   →オーバーロードがかかり、ヒューズが切れたから

② なぜオーバーロードがかかったのか?(2回目のなぜ)   →軸受け部の潤滑が十分でないから

③ なぜ十分に潤滑しないのか?(3回目のなぜ)   →潤滑ポンプが十分くみ上げていないから

④ なぜ十分にくみ上げないのか(4回目のなぜ)   →ポンプの軸が摩耗してガタガタになっているから

⑤ なぜ摩耗したのか(5回目のなぜ)   →ストレーナー(濾過器)がついていないので、切粉が入ったから

【結論】対策として、ストレーナー(濾過器)を取り付ける



この例でも、「機械が止まった」ことに対する対策として、「ヒューズを替える」ことは “近視眼的” であり、もっと真因を掘り下げていくと、「ストレーナー(濾過器)を取り付ける」というところに解があるということが分かります。



「トヨタ生産方式」から、”格言” を抜粋します。


1978年に書かれた、生産方式について書籍でありながら、現代のマーケティングにも通じる部分があるのがとてもおもしろいですね。


●五W一Hを自らに問え!
問題点を発見するには、「なぜ」を五回反復してみよ。これこそトヨタの科学的アプローチの基本態度である。すなわち、トヨタ生産方式においては、五Wは五つのWHYである。「なぜ」を五回くり返せば、本当の要因がわかり、どうすればよいか(HOW)もわかってくる


●「原因」より「真因」
「原因」の向こう側に「真因」がかくれている。いつの場合も、「なぜ」、「なぜ」と原因を掘り下げ、真因をつかんで対策しないと、有効なアクションにうつることができない。

「トヨタ生産方式」(大野耐一著、ダイヤモンド社)




しんどい時の突破口になる。かも

「マーケティング・マイオピア」は、一般的には物事を小さく捉えると「今うまくいっていることでもいずれ失敗する」、といったニュアンスがあります。


しかし、これは逆にも捉えることができます。


つまり、「今うまくいっていないことでも、視野を広げれば別の道を開くことができ、うまくいくようになる」ということです。


しんどい時、どうしても目の前問題をどうにかしたいという発想になってしまいます。


私もそうです。


でも、しんどい時こそ「マーケティング・マイオピア」を思い出し、


・別の解決方法があるのではないか?

・そもそも、別の捉え方があるのではないか?

そのしんどさが自分にとっての「栄養」になっているのではないか?

・それを活かす道があるのではないか?

と考えることが、暗いトンネルの中の一点の光となるのではないかと思います。


仕事の大先輩の話を伺っていても、結局、苦労したことが形を変えて後の自分の道を作っている、というケースはよく聞きます。


そして、たいていの場合、しんどい時期のある時点で、目の前の問題そのものとは少し違った、広い視点で状況を捉えられるようになっています。


※ ただし、あまりにもしんどい場合は堂々と逃げましょう…。まずは生き延びることが第一です。



【具体例】「マーケティング・マイオピア」を意識したものごとの捉え方

レビット教授による代表例

ここからは、「マーケティング・マイオピア(マーケティング近視眼)」についての具体例を挙げていきます。


まず、「マーケティング・マイオピア」の提唱者であるセオドア・レビット教授による有名な2つの例を取り上げます。


いすれも1960年代のお話であるため、現代ではさらに拡張した視点で捉えることもできますが、まずは代表例として押さえておきましょう。


2つの巨大産業を例に、事業や製品そのものの視点にとらわれると、その時点で競合と捉えている企業とはまったく異なる分野の事業が自社にとっての脅威であることを見落としてしまう可能性があることについて、警鐘を鳴らしています。


鉄道会社のケース

鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。

それらの需要は依然として増え続けている。

鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらに電話)に顧客を奪われたからでもない。

鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。

鉄道会社は自社の事業を、輸送会社ではなく鉄道事業と考えたために、顧客をほかへ追いやってしまったのである。

事業の定義を誤った理由は、輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。

顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。

Harvard Business Review, July-August 1960




映画会社のケース

映画会社が危機に陥ったのは、テレビの発達によるものではなく、「戦略的近視眼」のためである。

鉄道会社と同じように、映画会社も事業の定義を誤ったのだ。

映画産業をエンタテインメント産業と考えるべきだったのに、映画を制作する産業だと考えてしまったのである。

映画という製品は、他のもので代替できない特殊な製品だーーーこう考えてしまうと、ばかげた自己満足が生まれる。

Harvard Business Review, July-August 1960



さて、みなさまの事業は、顧客のニーズに基づくとどう定義できるでしょうか?





身近な例で考えてみよう

マーケティング・マイオピアについて、ビジネスの視点だけでなくちょっと身近な例で考えてみましょう。


ものごとを前に進めるための捉え方を養う良い「練習」になると思います。


プロ野球の投手の例

みなさんはプロ野球が好きでしょうか?


そうでなければごめんなさい(笑)


よく、プロ野球の投手の話題で、「最速160km/h!」とか「7つの変化球を投げる男!」とか、いろいろとその投手をクローズアップする見方があります。


しかし、これは「近視眼的」になりやすい例です。


巨人の桑田氏がよくコメントしていますが、投手の目的は「アウトを取ること」です。


そのために、どう投げるのか?


例えば、コントロール良く投げ、打ってもヒットにならないゾーンに投げること。


例えば、速い球と遅い球を織り交ぜることで、速い球はとても速く感じ、遅い球は全くタイミングが合わないといった投法をすること。


投げるだけでなく、投手は守備の一員でもあるので、守備が上手になること。


また、牽制球や、クイックと言われるランナーに盗塁をさせない技術も必要です。


相手打者もプロですから、「160km/h」で投げても慣れたり読みが当たれば打たれてしまいます。



「球速」という、ある意味、投手の自分目線からの “近視眼的な” 価値ではなく、打者目線での価値(この場合は、喜ばれることというよりも、嫌がられること、ですが)を広く捉える必要があるのです。


就職活動の例

もう1つ、身近な例で考えてみましょう。


就職活動であれば、「志望動機」と「自己PR」が求められますね。


これらのアピールがなかなか響かない…。そんな経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか?


私も大学時代、そのような経験をしました。


当初、自分が勉強してきたこと(=マーケティング)、その頑張りを主張し、だから仕事でもそれをやっていきたい、というアピールを続けましたが、まあ、うまくいかない…。



まさに「しんどい時」でした。


そんな時、「OB訪問」の中で半分雑談のような話を求められました。


内容は割愛しますが、私自身が価値と思っていなかったことについて「それこそキミの価値だよ」と言ってもらえる機会がありました。


就職活動をする学生から見た、ある意味での「顧客」である企業側に知って欲しいと自分が思っていた価値と、「顧客」から見た価値がズレていた、ということを認識しました。


なお、このOBとは別の方ともお話しする中で、その中で「これこそマーケティングだ!」と気づく機会がありました。


そのお話も、いま思えば「マーケティング・マイオピア」の具体的な事例でした。


こちらについては「【あれは就活の時だった】”マーケティングとは?” を理解する | Marketing-Room」をぜひご参照ください。


まとめ

それでは今回の内容をまとめます。

「マーケティング・マイオピア」論から得られる着想

・企業は自らが提供する製品(もしくは事業)について、「近視眼的に(狭い視野で)」その価値を捉えるではなく、その製品が生み出す顧客の利益や経験、またそもそも顧客が何に困っているのか、何を求めているのかという点に目を向ける必要がある。製品は、顧客の抱える問題を解決するための「道具(手段)」に過ぎない

・物事を小さく捉えると、今うまくいっていることでもいずれ失敗する。

・これは逆にも捉えることができる。つまり、「今うまくいっていないことでも、視野を広げれば別の道を開くことができ、うまくいくようになる」ということ。